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今じゃなくても… [日々雑感]

京王9000系・多摩境:撮影;織田哲也.jpg

「まだ花見をしていない」 と言うと早速、知人から 「いつやるの? 今でしょ!」 とメールが届きました。
大きなお世話なのはともかく、最近こんな言い回しをする人が増えました。いい齢こいた大人のくせに、まったく鬱陶しいったらありません。

『万葉集』 の時代には梅を愛でることのほうが多かったようですが、『古今和歌集』 の頃になると、その対象が桜に移りかわっていったようです。どちらの花を詠んだ歌が多いかで、その変化を見ることができます。
象徴的な桜といえば、わが国古来よりヤマザクラであったわけですが、今では圧倒的にソメイヨシノに人気が集中しています。
葉よりも早くいっせいに開花し、また散り際の鮮やかなことが、その大きな理由です。
「死ぬことと見付けたり(『葉隠』)」 と言われた武士道に通じるからかと思っていましたが、どうもそうではなく、特に戦後の小中学校でソメイヨシノが好んで植樹されたことに起因するという話です。
春の風に舞い散る花びらが、卒業から入学といった人生の転機を祝福していると、大人から子供まで自然に感じられるというのでしょう。

吉田兼好師は 『徒然草』 第百三十七段冒頭で、次のように述べています。

「花は盛りに、月は隅(くま)なきをのみ見るものかは。
雨に対(むか)ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。
咲きぬべきほどの梢(こずえ)、散りしをれたる庭などこそ見どころ多けれ。…
…花の散り、月の傾くを慕ふ習いはさることなれど、殊(こと)にかたくななる人ぞ、『この枝かの枝散りにけり。今は見どころなし』など言ふめる。」

(桜は満開のときだけ、月は満月だけを見て楽しむべきなのだろうか。
雨空を見上げながら隠れている月を恋しく思ったり、簾(すだれ)を垂らした部屋にこもって春が通り過ぎるのを想像して過ごしても、いっそう味わい深いものである。
今にもほころびそうな蕾(つぼみ)の梢や、花びらが散りばめられた庭など特に見る価値があろう。…
…桜が散ったり、月が沈むのを見て名残惜しく思う伝統はその通りだが、美的感覚のない人にかぎって、「この枝もあの枝も散ってしまった。今では見ても仕方がない」と決めつけてしまう)

その上で、風流を心得ない人の花見の様子を、苦々しく書き付けています。

「片田舎の人こそ、色濃くよろづはもて興ずれ。
花のもとにはねぢ寄り立ち寄り、あからめもせず目守(まぼ)りて、酒飲み連歌して、果ては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。
泉には手足さし浸して、雪には降り立ちて跡つけなど、よろづのもの、よそながら見ることなし。」

(風流を心得ない人にかぎって、あからさまに興味を向けて遠慮のないものだ。
桜の木にしつこく体を寄せたり、ねちっこい視線で舐めまわすように見たり、酒を飲んだり連歌をして騒ぎ、果ては、大きな枝を、ためらうことなく折ってしまう。
こういう者たちはえてして、湧き水を見れば手足を突っ込み、雪が降ると地面に足跡をつけたがるなど、どんなものに対しても触れたがるばかりで、あるがままの姿を見て楽しむことができないのだ)

では、花鳥風月、雪月花、どのように鑑賞して楽しむのがよいと言うのでしょうか。

「すべて月・花をば、さのみ目にて見るものかは。
春は家を立ち去らでも、月の夜は閨(ねや)の内ながらも思へるこそ、いと頼もしうをかしけれ。
よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまもなほざりなり。」

(そもそも月や桜は、人の目で見て楽しむだけのものだろうjか。
春は家から出かけなくても、秋の名月の夜は寝室にこもったままでも想像にまかせて楽しむほうが、たいへん安らかな気分で情緒を味わうことができる。
風流を愛する人は、愛でる心をことさら露わにせず、興味を示す態度もあっさりしているものだ) ― 筆者翻案

あるがままの姿を自然に受け入れることが、風流の基本といったところでしょうか。
『徒然草』 にはこうした、思わず我が身を振り返りたくなるような珠玉の言葉がたくさん詰まっているのです。
ね、だから 「今でしょ!」 などと、下手な流行語を遣っている場合ではないのです。
そんな暇があったら、兼好師の爪の垢でもフライングゲットしていらっしゃい。

http://www.youtube.com/watch?v=1BM4h0pgL54
桜をテーマにした中ではいちばん好きな曲です。
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