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廃語の風景⑭ ― 『少年少女世界名作文学全集』 [廃語の風景]

横浜線橋本駅:撮影;織田哲也.jpg

このような全集があった、というより 「あり得た」 時代に、私の少年時代は重なります。
『小学〇年生』 のような学年誌には毎月のように広告が出ていたのを記憶していますし、後年にはTVのCMでも流されていました。
育ちの良さそうなお坊ちゃまやお嬢ちゃまが、洋室のソファーに腰かけてご本を読んでいらっしゃる。それを見守るのが、優しいお母様であったりする風景です。
「世ノ中ニハ、あめりかノ家庭ミタイナ部屋デ生活シテイル子供タチモイルノダ?」 と、CMを見ながら口をポカンと開けて思ったものでした。

この手の全集はいくつかの出版社から発行されていましたが、一例として小学館版 『少年少女世界名作文学全集』 (第一期・1960年) の中身をリストアップしてみます。

1.『ロビンソン・クルーソー』  デフォー原作 本多顕彰訳
2.『ガリバー旅行記』  スウィフト原作 中野好夫訳
3.『宝島』  スチーブンソン原作 西村孝次訳
4.『ジャングル・ブック』  キップリング原作 阿部知二訳
5.『アンクル・トムの小屋』  ストウ夫人原作 大久保康雄訳
6.『王子とこじき』  M・トウェイン原作 谷崎精二訳
7.『若草物語』  オルコット原作 村岡花子訳
8.『トム・ソーヤーの冒険』  M・トウェイン原作 吉田甲子太郎訳
9.『小公子』  バーネット原作 川端康成訳
10.『小公女』  バーネット原作 白川渥訳
11.『グリム童話』  グリム兄弟原作 浜田広介訳
12.『アルプスの少女』  ヨハンナ・スピリ原作 高橋健二訳
13.『みつばちマーヤの冒険』  ボンゼルス原作 高橋義孝訳
14.『巌窟王』  デュマ原作 西条八十訳
15.『ああ無情』  ユゴー原作 河盛好蔵訳
16.『家なき子』  エクトル・マロ原作 山内義雄訳
17.『十五少年漂流記』  ジュール・ベルヌ原作 石川湧訳
18.『アルセーヌ・ルパン』  ルブラン原作 保篠竜緒訳
19.『アンデルセン童話』  アンデルセン原作 平林広人訳
20.『ピノッキオ』  コッローディ原作 柏熊達生訳
21.『クオレ』  アミーチス原作 富沢有為男訳
22.『アラビアン・ナイト』  佐藤正彰訳
23.『西遊記』  呉承恩原作 佐藤春夫訳
24.『古事記物語』  室生犀星文
25.『義経物語』  富田常雄文
26.『太閤記』  尾崎士郎文
27.『世界童話選』  秋田雨雀編
28.『日本童話選』  小川未明編

このあと第二期分として 『あしながおじさん』 や 『海底二万マイル』 などの28巻も続きますが、そこは割愛します。さて皆さんは、上記の中でどれほどの物語を読まれたことがあるでしょうか。
私が小学生時分に読んだのは、ほんのわずかしかありません。
人一倍本好きな少年でしたが、お気に入りは 『〇〇の図鑑』 というヤツでした。
こちらのほうは 『植物』 『動物』 『科学』 『天文』 『地理』 『歴史』 など全巻を揃えてもらい、飽きることなくページをめくる毎日を過ごしていました。
けれども文学方面には、ほとんど興味をそそられることがありませんでした。

たまたまある女の子から 「お誕生日会」 に招待してもらうと、その子の家には 『少年少女世界名作文学全集』 が全巻そろっていました。
小さな仏壇ほどもある専用の本棚にズラリと並んだ全集を実際に目にしたのは、この時が初めてでした。
そもそも私の子供時代、「お誕生日会」 にクラスの半数以上も招待すること自体、よほどお子さんに手間暇お金をかけている家庭なわけです。
普段から図鑑やマンガ本に耽っていた私もこれには驚き、たぶん不思議なものを見るような目をして、その中の1冊2冊を手に取っていたことだろうと想像します。

いま私の手元には、『クオレ』 のみがあります。上記の全集の中から、その本だけを買ってもらったのです。
1965年の版で、定価は200円。B6版・320ページで、とても丁寧で上質な製本となっています。
1965年ごろのお金の価値については、公務員初任給で21.600円というデータがあります。
全集28巻を揃えると5600円,56巻だと11200円というのは、かなり高価なものだったと言えるでしょう。

私は文学全集の向こうに夢を見ることはなかったのですが、これを揃えてもらっていた子供たちがどんな夢を抱いていたか、今さらながら知りたい気がするのです。
それは今、ものを書く・本を作るという仕事をしているからという理由のほかに、もうひとつ。
子供の頃の自分が、もし図鑑ではなく文学全集を読む喜びを何かのきっかけで覚えたとしたら、その後の人生がどんなふうに変わったか、という個人的な興味があるからです。

今や古典的な文学全集など CASIO・エクスワードのROMの中に全部収められていることは、通販番組のやたらカン高い声の社長さんによって知らされています。
仏壇みたいな本棚を用意しなくても、気軽にページを繰ることができるようになりました。操作じたいは子供にも何の苦もなく扱えるものとなっています。
だからといって、少年少女が文学に目覚めるようになったという話は聞きません。
かつての文学全集が醸(かも)し出していた格調、言葉をかえればその敷居の高さこそが、文学世界への憧憬(しょうけい・どうけい)を誘発したのかもしれません。
久しぶりに、1冊だけ本棚の隅に身を潜めている 『クオレ』 を取り出し、童心に帰って 「しょうねん・しょうじょ・ぶんがく」 たらいうものを味わってみたい気がします。

http://www.youtube.com/watch?v=zDTUZF54RBU

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