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廃語の風景㉑ ―よろず屋 [廃語の風景]

松が谷:撮影・織田哲也.jpg

コンビニエンス・ストアのご先祖と言ってよいかもしれません。
よろず屋は田舎限定のコンビニでした。
「よろず」 は漢字で書くと 「万」 であり、食料品から日用雑貨まで幅広い商品を取り扱っています。
けれども最近は、地方都市や山地を訪れても、「よろず屋」 を見かけることがきわめて少なくなってきています。

かつては都市部と田舎では、その経済活動や生活様式において、厳然とした差異がありました。
それではいかん、日本全国どこの土地でも東京と同じかそれに近い暮らしが送れるよう、生活革命を起こそうじゃないか。故・田中角栄元首相が著した 『日本列島改造論』 の原点です。
莫大なお金が公共事業に投入されました。
道路や鉄道が整備されるようになると、物資の流通が活発化して地方商業が盛んになります。
スーパーマーケットなどの大型商業施設はいつしか全国に広まり、拠点の店舗には普及したマイカーで買い物に訪れる客が一気に増えました。

今、ちょっとした地方都市に行くと、駅前の風景には既視感が漂っています。
それもそのはずで、普段から見慣れたコンビニや何度も食べたことのあるハンバーガーのお店が、全国どこででもお目にかかるようになっているからです。
全国チェーンのスーパーや吊るしの洋服屋、牛丼屋、居酒屋、レンタルDVD店、薬局だってあります。
さすがに山中の駅前はそうではないにしても、国道を少し走れば同じような施設が脇に建っています。都市近郊よりもはるかに立派な大型店舗に出くわすことが珍しくありません。

フィールドワークで地方を訪れたついでに、そこのコンビニを覗いてみると、多少は地域ごとに特徴のある品揃えはされていますが、大半はうちの近所と似たり寄ったりです。
店内の照明や陳列、清掃具合、店員の制服から態度に至るまで、変化は見られません。
今度は隣のハンバーガー・ショップに入ると、接客トークが見事にマニュアル通りで、しかも発音が標準語です。
せめて方言で接客してくれたらと思うのですが、教育が徹底しているというか…、あ、ポテトはいりません、ええ持ち帰りでよろしく。

「よろず屋」 で今でも思い出すのは、秩父の奥の方でその1軒に立ち寄った時のことです。
ちょうどサッカーのJリーグが発足して間もない頃でしたが、あるよろず屋でジュースと菓子パンを買って食べていると、奥の壁に幼児向けのオモチャの野球セットが吊り下げられているのを発見しました。
ビニール製のバットとグラブとボールが詰め合わせになっていて、その背後の厚紙にジャイアンツのバッターがホームランを打ったイラストが描かれています。
バッターの横には大きな文字で、『J リーグやきゅうセット』 と印刷されていました。

これは何度も確認したので、「セ・リーグ」 や 「大リーグ」 の見間違いではありません。
『キン肉マン』 が 「筋肉マン」 になっていたり、『ドラえもん』 が 「ドラエモン」 になっているのはご愛嬌としても、『J リーグやきゅうセット』 はないでしょう。
東京に帰って知人にその話をしても、「また作り話を…」 などと信じてもらえませんでした。証拠に買ってこなかったことを、今でも悔やんでいます。
それだけにこのよろず屋のことは、いつまでたってもニヤリとしてしまう思い出として、心の中に残っています。

歴史には、ある種のいかがわしさがつきものだと、私は考えています。
歴史や文化に個性があればあるほど、その地域特有のいかがわしさもまた強く主張をします。
これは東京の下町しかり、京都しかり、大阪しかりといったところでしょう。都市部だけではなくどんな地方にも、いかがわしさを主張する余地は必ずあるはずです。
いま全国から 『ゆるキャラ』 が声を発していますが、あれなど地方のいかがわしさが形になった典型ではないでしょうか。

コンビニやハンバーガー・ショップの 「均一性」 が悪いとばかりは言えません。
『日本列島改造論』 に始まる生活レベルの均一化政策によって、地方の経済が発達し生活レベルの向上が達成された点は評価すべきです。
しかし、レベルの 「均一」 と、規格の 「画一」 は意味が違います。
例えばコンビニの品揃えが均一的ではあっても、接客や店舗の作り方まですべて画一にするのは行き過ぎという気がしてなりません。
その土地特有の言い回しや店舗の形態があるほうが、楽しいではないですか。
横浜のコンビニの外装がレンガ作り風になっていたり、大阪のハンバーガー屋の店先に 「くいだおれ太郎」 みたいな人形が立っていたり、京都のレンタルDVD店の店員が大原女(おはらめ)姿だったりしたら、それだけで観光名所になりそうな風情です。

ゆるキャラ全盛の今こそ、現代のよろず屋さんには頑張ってほしいものですが、まあ無理なんだろうな。
かつて、よろず屋のお婆ちゃんから感じた人の匂いの懐かしさを、もう感じることはできないものなのでしょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=4IbM9YqAjnc
1977リリース
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