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廃語の風景㉕ ― ウルトラC [廃語の風景]

成田エクスプレス(八王子-成田):撮影;織田哲也.jpg

ウルトラマンの新シリーズでも、レモン果汁入り炭酸飲料でもありません。
『ウルトラC』 は、「最高の技、とっておきの秘策、大逆転を生む決め手」 といった意味を表します。
もとは体操競技の技の難度からきています。現在はA難度からG難度に分類され、G難度が最高ですが、1964年に開催された東京オリンピック当時は 『ウルトラC』 が最高難度でした。

用例としては、例えばクラスの誰もが力でかなわないノブナガ君を、ミツヒデ君が鮮やかな奇策でやっつけてみせたとき、「ミツヒデのウルトラCが決まった!」 と言うわけです。

体操男子は1960年のローマ大会で団体優勝しており、東京オリンピックでの活躍は国民的期待を集めていました。
実際、ベテランでチームリーダー・小野喬選手が不調ながらも団体2連覇を果たし、新エース・遠藤幸雄選手は日本人初となる個人総合優勝の栄冠に輝きました。
個人競技でも金メダル銀メダルをそれぞれ3個ずつ獲得するなど、体操男子チームは多くの日本人にとって、この大会の華とも言える存在でした。

西欧人に比べ体格に劣る日本選手は、さまざまな競技で不利な戦いを展開していました。
体格の差は体操選手も例外ではなく、同じ技ではどうしても見劣りがしてしまいます。
日本チームの活路は、難しい技を高い完成度で成功させる、という一点に求められていました。『ウルトラC』 はまさにその象徴だったわけです。
作戦はものの見事に成功し、前述の好成績をもたらし、さらに時代の流行語までも生み出していったのです。

体操競技からはほかに、「ムーンサルト - 月面宙返り」 という流行語が生まれています。
1972年に塚原光男選手が成功させた 「後方1回宙返り2分の1ひねり、前方1回宙返り2分の1ひねり下り」 という技のことで、国際的な公式名称は 「ツカハラ」 です。
「月面宙返り」 は、米ソの宇宙開発競争という時代の中から生じた俗称でした。
体操だけでなく他のスポーツからも、いくつもの流行語が発生しました。
記憶に新しいところでは、2006年トリノ・オリンピックで、フィギュアスケート女子・荒川静香選手の決めた 「イナバウアー」 などその代表でしょう。

けれども、「月面宙返り」 や 「イナバウアー」 と、『ウルトラC』 とを比較すると、そこには言語として明らかな差が存在します。
「月面宙返り」 「イナバウアー」 ともに技の名称であり、その技以外の意味を表すことができません。せいぜい 「月面宙返り並みの難しさ」 とか、「後ろにのけぞった状態」 を比喩的に表す程度の応用範囲しかないのです。
これに対して 『ウルトラC』 のほうは、冒頭に挙げた用例のように、普通の会話の中で 「最高の技、とっておきの秘策、大逆転を生む決め手」 という意味を表すことができたのです。
一般の生活とはかけ離れたところにある特殊なスポーツ用語が、こうした流行の仕方をしたなど、私はほかの例を知りません。きわめて稀有なケースでしょう。

こうした現象には、時代背景が大きくかかわっていると思われます。
1964年開催の東京オリンピックは、第二次世界大戦で焦土となったこの国が、目覚ましい復興から繁栄をきたし、国際社会の最前線へ復帰することを、目に見える形で訴えました。
と同時に、日本だけでなくアジア地域で最初の開催であったこと、有色人種国家が初めて開催国になったことには、世界史的な意味がありました。
アジア、アフリカ諸国から初出場の国々が一気に増え、当時としては史上最多の参加国数を記録したのです。
柔道が正式種目となった最初の大会としても、記念されるものです。

多くの国民が 『ウルトラC』 という聞き慣れない言葉にこうした時代のシンボルを、「最高の技、とっておきの秘策、大逆転を生む決め手」 を求めたのだと解釈して間違いはないでしょう。

いま、2020年開催の第32回夏季オリンピックを東京に誘致しようと、活動が活発になっています。
未曾有の被害に見舞われた東日本大震災や、バブル崩壊後の 「失われた20年」 から脱却し、再び世界のナンバーワンへ、と意気込む気持ちは分からなくありません。
その気持ちは1964年の頃と比べて、より大きいのか小さいのか、あるいは同じ程度なのか。
二度目の東京オリンピックは国民の意識を一変させるほどの影響を、顕すのか顕さないのか。
いったい人はいま 『ウルトラC』 を、強く希求しているのかいないのか。
私には正直なところ、判断がつきません。

テレビの画面を食い入るように見つめ、一生懸命に日本人選手を応援をしていたかつての小学3年生の姿は、私の記憶の中には鮮明に残されていますが、全身を巡る血液の中からは既に消えているような気がしてなりません。
それが年齢のせいなのか、あるいは時代のせいなのか、それすらよくわからないのです。

http://www.youtube.com/watch?v=6zmHGPcoDVw
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