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少年の夏 [日々雑感]

立川行き115系長野色:撮影;織田哲也.jpg

子供の頃、夏休みといえば、母方のおばあちゃんちに2~3週間泊まりにいっていたのを思い出します。
最初に行ったのが小学校の4年生、最後の年は中学3年生だったと記憶しています。
夏休みに入るとすぐに、小学校では林間学校、中学では臨海学校の行事があり、部活動や試合などで7月いっぱいはそれなりに忙しく過ごしました。
8月に入ると、本格的に長い夏休みが始まります。
自宅で過ごすより、おばあちゃんちで過ごす時間のほうが、8月は長かったでしょう。

おばあちゃんちに行くには鶴橋から近鉄奈良線に乗り、各停しか止まらない生駒山の麓(ふもと)の駅で下車します。
駅を降りると、左手には大阪平野のごみごみした街並が見渡せ、右手には大きな神社があります。
放水路に沿ってくねくねと細い路地を下りると、5分ほどでその小さな家に着きました。

家は小さいのですがやたらと天井が高く、明り取りの窓が、子供の目には遠いところで光って見えました。
座敷のいちばん奥には作り付けの仏壇があり、そのようなもののない家庭に育っていた私には、線香の匂いたつその一角だけが、妙に重々しいワンダーランドに感じました。
座敷に寝転がると、放水路をざあざあと流れる水音が、昼も夜も耳について離れません。
目に映るものも、生活環境の音も、漂う空気の匂いも、食べ物の味付けも、全部自分の家とは違っていて、子供心に「コレガ夏休ミノ風景ナンダ」としみじみ感じたことを覚えています。

2日もごろごろしていると、何かしたい、どこかへ行きたい気持ちが湧きあがってきます。
母親が持たせてくれたお小遣いでプラモデルを買ったり、貸本屋で普段は読めないようなマンガ本を借りてきたりし始めました。
プラモデルはたいしたものが売っていなかったのですが、貸本マンガはとても興味をそそられるものばかりで、結構長い時間を読書にかけていました。
後から知ったことですが、大阪は貸本マンガ文化が最も成熟した地域です。
貸本屋の棚には、恐怖ものの楳図 かずお氏や水木しげる氏、サスペンスもののさいとうたかお氏、永島慎二氏などの作品がぎっしり並んでいました。
それらの本は一様に表紙が擦り切れていて、祖母は「そんな汚い本はやめなさい」としきりに言っていました。
けれども、少年マガジンやサンデーの読者であった私は、擦り切れて手垢のいっぱいついたマンガの、おどろおどろしさと一種のエロティシズムにすっかり感化されてしまっていました。

最初に泊まりにいった夏、上がり框(がまち)に面した座敷で昼寝をしていると、なんと虚無僧(こむそう)が入ってきて尺八を吹きだしたので、飛び上がったことがありました。
当時の大阪で育つと、京都や奈良が近いこともあり、山伏が電車に乗っていてもたいして驚かなくなっています。
が、さすがに、黒づくめの着物に円筒形の編み笠をかぶった虚無僧は時代劇の中でしか見たことがありません。
私が後ずさりして引きつっていると、祖母は取り乱すわけでもなく、いくばくかの小銭を首から下げた袋に入れてやっていました。そうすると虚無僧は、尺八を吹きながら出ていきました。
「あれ、虚無僧やろ?」と聞くと、祖母は「そうや」と頷いたあとで、「お金もらいに来やんねん」と言っていました。

家のいちばん奥には台所があり、そこから勝手口を出ると裏手に出ました。
そこには2~3軒の家で共同に使っている井戸があり、洗濯用の水として使われていました。
私が泊まりに行くとその井戸の中に西瓜を沈め、夕方ごろ冷えたのを食べさせてくれました。
家の裏手に腰かけて西瓜にかじりついていると、赤トンボが頭の上を飛び交い、茜色の雲はゆったりと流れていきました。

長い長い時間が過ぎて、明日両親のもとに帰るという日に、祖母は必ず塩昆布を炊いていました。次の日、私に持たせるためです。
その日は一日中、昆布を醤油で煮詰める香ばしい匂いが家の中にも外にも漂っていました。
それは、もうすぐ夏休みが終わることを私に告げる匂いとして、今でも鮮明に思い出すことができます。

高校1年生のとき、この祖母は亡くなりました。
それ以来、おばあちゃんちには泊まったことがありません。今ではその家もなくなりました。
少年の日の夏の香りは、記憶の中にだけ存在しています。
「俺はおばあちゃんに、何かしてやれたかなあ…」
たいしたことは何もしてあげられなかったことは分かり切っているのに、時々そんなふうに呟いたりするのは、よほど自分勝手に生きてしまった少年時代を悔いているか、さもなくば過去へのアリバイ作りに気持ちが掻き立てられてしまうからではないでしょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=GsfM1ygNGvM
本当はオリジナルの JITTERIN' JINN ので出したかったのですが…
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